反省はしても後悔はしない

『人生にはいろいろあるよ。反省はしても後悔はしないこった』

YouTubeで日本の推理ドラマをみていたら、こんなセリフがありました。

最近、自分の若い頃の無知で未経験な言動がふっふっと思い出され、その度、『穴があったら入りたい』とはこういう気持かと思わせる、苦痛なほどの恥じ入りを感じることが度々あるのです。あまりに馬鹿で、それが自分であったことを打ち消したい気持になるのか、ガッとかグヮッとかいう唸り声が出てしまう私です。人間は死期が近づくと人生を振り返って、自分の馬鹿さ加減を思い出し、反省するようになっているのでしょうかしらん。

そして『反省はしても後悔はしない』という言葉に、ああ、そうか、と思ったのです。

後悔先に立たず。後で悔やみ続けてもどうしようもない。だから反省すること。反省してそこから何某らでも学ぶことなんだな、と思いました。ま、私が学んだことは自分がどれだけ馬鹿であったかということばかりなんですけど。馬鹿であることをヒシと認められるようになっただけでも学びの第一歩だと思います。

自分が馬鹿であることを知るのは苦しいです。特に私は、若い頃、自分は人より優れてる、と思いたい時期がありました。そしてそれを否定しなければならないことは、まるで死刑宣告のように恐ろしかったので、知ったかぶりをして自分を誤魔化していました。だから進歩がありませんでした。人の所為にしてはいけませんが、これは母親の育て方が大きく影響していたと思います。頭の悪い私は母の呪縛から脱皮することを知らず、それが自分の性格であると思い込んでいました。今やっと呪縛から解け始め、そしてすっかり解けたら、次に生まれ変わる時は猫になれるかも知れないです。

ページの背景写真

ページのデザインをアチコチみてみました。

自分の写真を背景に出来るようなので、濃い緑の写真を探してみました。

コスタリカの温泉の1つで、とても綺麗に撮れた写真があったので貼ってみました。

ちょっと煩い感じなので、また適当なものが見つかったら変更するつもりです。

はてな「ブログ」に変更しました

はてなさんのダイアリー様式にいろいろ制限が出始めたのでブログ様式に変更しました。ダイアリーとブログの違いは全く分かりません。

昔々、使っていた無料サービスのサイトが内容変更するという通知をワタクシ事情があって知らずにいたら、書き込みと自作イラストと動画のデータを全部削除されてしまった経緯があるのです。今回は、その時のように何もせずにいてデータをなくすかも知れないという不安を感じたので、ブログ様式にしてみたのです。

今のところ形式に慣れないので、デザインやカラーの選択が上手くいきません。慣れてきたら、私の好きな緑色系統のバックグラウンドにしたいと思ってます。

 

相棒の白内障手術 左眼

今朝一番で相棒に付き添って左目の手術のため病院に行きました。担当外科医の身内に不幸があったため6月に予定されていた2回目の手術が7月の今日まで延期になっていたのです。

4月24日の最初の右目の手術の書き込みを読み直して、手術の日の様子を少し思い出しました。今回も先回とほとんど同じでした。この手術で同時に乱視も治るようにしてもらったので、相棒は両眼の乱視もなくなり、コンタクトも要らなくなります。
手術後1時間ほどして帰宅が許されました。二人とも朝から午後1時過ぎまで何も食べていなかったのでかなり空腹でした。帰宅してすぐ昼食を作り、今食べ終わってゆったりしているところです。
前と同じで、相棒は3種類の目薬を日に4度ほど1カ月間ほど点さなければなりません。食後、目薬を点し終わった相棒は麻酔のせいもあり、また緊張も解れ、空腹を満たしたせいで眠っています。睡眠が回復を早めてくれると思います。
明日、相棒に付き添って外科医に術後の経過を診てもらいます。

日を追って

下欄に「日を追って...」と自分で表現しておいて、あとで読み直して「ん?」と思いました。「日ごと、順に」というつもりで「日を、追っていく」と書いたつもりが別の意味に聞こえてしまう。それで下欄の最初の一行を「日付」と直しました。
和風にチョットうやむやで古くさい雰囲気が私好みな表現です。私が使うとしたら「その内、あとで」とみたいな意味合いの時かな。
えっ、どうでもいい? 誰も読んでないのにババァがウジャウジャ言っとる?何言っとるかわからん?

ポーツマスの旅

ポーツマスの旅について日付を追って簡単に書きたいと思います。
7/1 土曜日 NY市からポーツマスまでの所要時間は車で約5時間。今回、NY市はスムーズに抜けたのですが、コネクチカットの途中で道路工事が2か所もあり、渋滞に遭って8時間かかりました。
夕食はロブスターロール。ソーセージの代わりにロブスターの身が挟んであるホットドックみたいなものです。
7/2 日曜日 John Paul Jones Houseというミュージアムを訪れました。ここにポーツマス条約の詳細な展示があるということを相棒が前もって調べておいてくれたのです。実際、ここのポーツマス条約の展示物は仔細にわたって説明されていて大変興味深かったです。その中で、会議の行程とその内容について詳しく表になっていたので、他を見た後、ゆっくり見直そうと思っていてうっかり忘れてしまい、後悔しています。
さて「その時歴史は動いた」という番組が新事実に基づいて酷い解釈をしていたと前に書きました。その解釈とは『ルーズベルト大統領が露皇帝と直接交渉し、既に妥協案同意を得たにも拘らず、小村寿太郎に伝えなかった』というものです。そしてその理由として、新事実にある『会議最終日、英国が露皇帝の同意の情報を入手、それを日本政府へ伝え、日本政府がポーツマスにいる日本代表に電報で伝えた』という箇所を取り上げていました。米国大統領ではなく英国が日本へ伝えた→つまり米大統領は小村にそれを伝えなかった、という解釈です。同番組は大統領が同意についてすぐ伝えなかったのは『最終的に米大統領の力で交渉合意に到達という形にして米国及び大統領の名声を高めたかった』という推察をしていました。
しかし、この展示には、当時外交官として米国に滞在していた金子堅太郎氏が小村氏から依頼されて、ルーズベルト大統領に直接露皇帝と交渉して同意を得て欲しい旨、お願いしたとあります。日本代表から頼まれた交渉の結果を大統領が日本代表に伝えないということがあるでしょうか? また、最終会議の前に、金子氏や小村氏が交渉結果について大統領に再確認しないことがあるでしょうか?
 どういう理由で大統領が露皇帝の妥協同意について『隠す』という解釈になるのか、私には不可解です。「その時…」という番組制作者は何かテディさんに恨みでもあるのかしらん、と思ってしまいます。ま、何にしても、テディさんはそんな狡猾なことはしていないと私は解釈します。
←テディさんが読んで感銘したと言われるRoyal Roninの本が展示されていました。忠臣蔵のことですかね。
相棒が「露代表と日本代表は何語で話していたんだろう?」と言うので、単純な私は「英語じゃないの」と答えたら、寿太郎は仏語が話せたと展示物にありましたので、ウィッテ氏と二人の時は仏語で話していたかも知れません。寿太郎さん、やはりあの小柄な体には無駄なく知識が詰まっていたようです。

この日の夕食は橋向こうの隣州メインに行き、ロブスターを食べました。焼いたロブスターを頼んだのですが、足の身はカラカラで食べられなくなっていました。それより、前菜に頼んだスティーマーがほっぺが落ちそうなほど美味しかったです。スティーマーとはLong Neck Clamと呼ばれる薄い殻の貝で、ネックのところに砂が詰まっているのを濯いで食べます。ミル貝の赤ちゃんみたいで、これが物凄く大きくなると、ジャイアントクラム、つまりミル貝になるのだと思います。
7/3 月曜日 ボートに乗って1時間ほどの、昔からのホテルが一軒だけあるスターアイランドを訪れました。
昔から電気も水道もない島で、現在、電気は自家発電、逆浸透圧で海水から真水を作っているそうです。だからこの島では電気と水が貴重で節約が必要だとか。
面白かったのは、この島に行く途中で見た「刑務所」です。下の写真のようにまるでお城。The Last Detailという映画のロケに使われたとか。

島から戻ってから早目の夕食を港の近くでとりました。今度は茹でたロブスターを注文、足の身もしっかり食べることができました。ただし、メスだったので赤い卵が多く、緑のミソが少なかったのが残念。
ホテルに戻って少し休んでから、9時過ぎにホテルの裏庭から花火を観ました。ポーツマスでは独立記念日前夜に打ち上げるようです。ホテルのすぐ傍で打ち上げているらしく大きな花火がよくみえてとても豪華な花火見になりました。
7/4 火曜日 Submarine Albacoreの見学。潜水艦の中はなかなか見ごたえありました。50人乗りということで3段の段々ベッドが何か所かにまとまって備え付けてありました。その一つ一つが細く小さく、上下左右のスペースも大変狭く、小柄で痩せた人しか使えません。特に最上段にムリに入ったら私なんぞは出られなくなる(下の写真の40という番号の上の、パイプに邪魔されて、あるかないかのスペースに寝るようになってます)。

金属製のシャワー、トイレが何か所かに設置され、綿密に設計された収納棚や様々な計器、パイプなどが所狭しと配置されており、通り道も狭く、部屋に続くドアも狭い楕円形で、デブの私はやっと通れました。
←コントロールルームのキャプテンのイスに座って子供みたいに喜んでます。凄い計器です。何が何だか分かりません。
そのあと、Strawberry Bankeという20世紀初めの家々が保存されている一画を見学しました。独立記念日なので入場無料。強い日差しの中を歩いたので疲れて、大きな木の木陰にイスを見つけ、そこでゆっくり休みました。すると近くのテントでユダヤ系ウクライナ人のklezmer音楽が始まり、木漏れ日に癒されウトウトしながらそれを楽しんでホテルに戻りました。

夕食は、また橋を渡った向こう岸のメイン州に行きました。Chauncey Lobster Pound。相棒が調べておいてくれた本格的なロブスターパウンドです。ロブスターパウンドというのはロブスターを重さ(パウンド)で買うと、それを丸ごと茹でてくれるところ。本当にフレッシュで凄く美味しかったです。この店はボート乗り場もあり、ボートでやって来る客もいます。可笑しかったのは、1時間ごとに大砲を打つのです。この店のJuly4thの恒例らしい。大砲を打つの前にウェイターさんが「これから大砲を打ちまーす」と客に注意をして歩くのです。その爆音の凄いことといったら、私はその度ビックリして心臓が縮まりました。写真は大砲を打ったあとの煙。耳を押さえている客もチラホラ。

7/5 水曜日 帰る日の朝、ポーツマス条約の代表たちが宿泊した、ニューカースル島にあるWentworth Hotel を見学しました。一時、経済が落ちぶれたポーツマスで廃墟となったというそのホテルですが、マリオットグループが購入し、修復改造して、今ではステキなホテルになっていました。それから帰途につきました。帰りは渋滞もなく5時間ぐらいでNY市に着きました。

無駄のない体

下欄をみていて、身長を記したことで私が身体のことを批判しているように思われないよう、私の気持を書いておきます。私は自分が5頭身、短足長胴、デブ、その他諸々と心得ていますから、他人の身体のことを批判する気持は毛頭ありません。
小村寿太郎がその小さい体全体で頑張っている様子が明治の人の健気さを知るようで胸打つのです。小村氏はその小柄な体全体に精神が行き渡っているようです。骨にも血管にも皮膚にも無駄なものは何もなく全部が精神で出来ているような気がします。明治気質、もう死語になっているのかな。