暴言

きのうは胃が縮まる思いがしました。悲しくてなりませんでした。義母を見舞って帰るバスの中で涙が出てきました。なんとも言えない悲しさでした。

きのう義母は4階のリハビリセンターから6階のナーシングセンターに移されました。移動させられるたび、何をされるのかと怯える義母は、また喚き叫ぶことになります。慣れない場所や見知らぬ人たちの中で、義母はいつもより更に気が立っており、罵詈雑言を喚き立て、看護婦や介護人すべてに突っかかって反発していたようです。

やって来た私を見るや否や、6階フロア主任看護婦がきつい顔を私に向け「あなたの義母は暴言を吐き、大声で喚き、何でも反発して反抗するので、どうすることも出来ませんよ。とても迷惑です。私たちはやるだけのことをしてるんです。これ以上のことはできませんよ」と憤懣をぶつけてきました。「義母がレビー小体型認知症と診断されたこと知ってますか?」と私が訊くと「ええ、知ってますよ。でも、彼女は酷い暴言を吐き悪態つくので手に負えません」と看護婦。私は、なんじゃい「暴言を吐く」などと不満を言うのはレビーについて知らないからじゃないか、と思いました。ここはマンハッタンのアップタウン東にあるMary Manning Walshという施設ですが、リハビリ分野の人たちがレビーを知らないのは仕方がないとしても、ナーシング分野の人たちがレビーの症状についてあまりにも無知で、ナーシングホームとしては失格。

義母は?と見ると、ダイニングルームで車イスに座ってスープを飲んでいる後姿がありましたが、何やら喚き立てていました。隣にいる静かなお婆さんに、つっかかるように話しかけ、そのお婆さんはそれを無視して黙って食事していましたが、義母の態度はまるで酔っ払いの嫌がらせ。声の質まで違い、ヤクザのような感じです。私が義母の肩に手をかけると、私に気が付いた義母は、急に弱々しい哀れな震える声で「ああ、ミエコ、助けて。ワタシャ、ここでいじめ殺される」と、いままで怒鳴っていた声から一転するのです。まるで芝居のように思えますが、これもレビー症状の1つでしょう。

いつもの通り、食事が不味いと一通りのきまり文句を言い、三日も何も食べてないと人聞きの悪いことをいう義母。夕食が運ばれ、要求したホットドックが載っていましたが、義母はきのうも同じものだったせいか、少しだけしか食べません。義母が好きだというクニッシュというジャガイモのお饅頭を買ってきて温めてあげたら、1つだけ食べました。あとは「アイスクリームにストロベリーシロップ」のリクエスト。美味しそうに食べていたのはいいのですが、そのあとが大変。

隣のベッドにはジャマイカから移民してきた患者の老婆とその娘さんが居ました。そこへジャマイカ生まれと思われる介護婦が来て話しをしていました。アイスクリームを食べ終わった義母は、急にきつい声になって「オイ!そこの黒ん坊、黒ん坊、何しに来た!出てけ!」義母は何度もこの古臭い人種差別の言葉「黒ん坊、ダーキー(Darkie)」を繰り返しました。

私は心臓が止まる思いがしました。「な、なんてこと言うんです。あなたのこと心配してくれている介護婦さんですよ」と窘めると「あいつらの言うことを信じるのか!あいつらは意地悪なんだ。おまえのいない時は私を粗末に扱うんだ」と義母。その介護婦さんは非常に気を悪くしてカーテンをチャーッとひき「どんなに世話してもこうなんだから、甲斐が無いわ」と娘さんとヒソヒソ話し始めました。

私はとても動揺しました。私もアジア人として、昔、カリフォルニアやテキサスに居た頃、教養のない人たちから人種差別的な言葉を言われたことがあります。物凄く、悔しく悲しい気持になったものです。それで介護婦さんに申し訳なくて「本当に申し訳ありません。義母はそんなこと言う人ではなかったんですが… 狂ってしまって、まるで別人になってしまっています。申し訳ありません、申し訳ありません」と謝りながら、もう悲しみがこみ上げて涙が出てきました。

義母のところに戻ると、狂った人に何を言っても無駄と知りながら「わたしを悲しませるようなことしましたねえ」と言うと「なんで泣いてる?私が何をした?」と義母。「あなたは心がどこかへ行ってしまって、もう別人みたいです」と言うと義母は「私は別人か、私が何をしたというんだ」と泣声になりました。そうなるともう悲しみが強くなって、私は顔をクチャクチャにして泣いてしまいました。マスカラが全部落ちてしまったわい。「もう帰るよ。あなたの息子に食事作らなきゃならないからね」と私が言うと、介護婦さんが「あんたが居なくなるとまた暴れるから、あんたの居る間に着替えをします。ちょとそこに居てください」と言うのです。義母は私を唯一の味方とし、6階の看護婦さんと介護婦さんを敵にまわしてしまいました。その日、4階のスタッフには「いままで忍耐ありがとう。難しい義母の世話をありがとう」とチョコレートを渡してお詫び兼お礼をしましたが、6階のスタッフにも同じことをしないとならないようです。ま、相棒と私の気苦労はもうしばらく続くようです。