ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

電話が繋がらない

NY、朝から雨です。義母は先日、介護センターの部屋をまた移されました。これで四度目。各部屋には電話はなく、電話が欲しかったら自分で電話会社と交渉して引くのですが、こう何度も移されてはコッチが敵いません。義母は「電話はどうした!電話!電話!」と自分でかけることさえ出来ないのに騒ぎます。

きょう、その電話が繋がるはずなので、風邪気味の体にムチ打って、雨足の強い中、義母のために買っておいた新しいパジャマを2つ持って出かけて行きました。

電話機をジャックに繋げるという単純作業のつもりだったのですが、なぜか電話は繋がっていませんでした。義母は「なんじゃ、そんな電話機なら買うな」と訳の分からないことを叫びました。「電話機ではなく、電話会社のサービスが繋がっていないのですよ」と言っても、電話機を買ってジャックに差し込めば電話が通じると思い込んでいる義母には通じません。「電話はどうしたんだ!?どうなんだ!?」と騒ぐ義母に、いつもなら我慢できるのですが、咳と微熱であまり気分のよくない私は、きょうは煩くてたまりません。

今度は「窓を閉めろ」と騒ぐのですが、窓は硬くて私には閉められません。困っていると「窓はいいからドアを閉めろ」と義母。

毎回クラッカーやクッキーを買えと騒いでいたので、今度もクッキーやクラッカーを買って持ってきたら「なんでこんなにいろいろ買ってきたんだ。こんなに食えやしない。少し持って帰れ」と言う義母に胃が痛くなってきました。

「私の息子はどうした!?」と詰問する義母。「働いているのですよ」と言うと「あとで来るか?」と訊くので「夜遅くまで働いているから来ません」と応えると「会いたいのになぜ来ない」。「息子はきのうあなたを医者へ連れて行ったばかりでしょ」と私が言うと「きのう会ったからって、きょう会ってどこが悪い」と減らず口。義母にはどう返答していいのか、対応に困ります。

結局、電話は今日は繋がらず、明日になるということでした。自分が健康でないと認知症の人を世話することは出来ないと、つくづく思いました。気持に余裕がないと、自己中心で繰り返しの多い認知症の人に、これでもか、これでもか、と先の尖った杖でつつかれる拷問にあっているようです。