頭痛専門医 ③余禄:セデンタリーとディセンタリー

診察中、傑作だったのは、女医さんから生活の様子を聞かれた私は、パソコンの前に座ることが多いので、「セデンタリー(座ったままの)」という言葉を探していて「えぇっと、何て言ったっけ、あの座ってばかりいること、ディセン...?」と傍にいた相棒に助けを求めたら、私の言いかけた言葉を遮った相棒がすぐ「セデンタリー」と教えてくれました。

ところがこの女医さん、非常に鋭い人で「あなたが言いかけたディセンタリーだったら大変なことになる」と言うのです。質問したり回答を聴いたりPCに入力したりしている女医さん、それだけで手一杯だと思うのですが、私がちょっとモゴモゴして途中までしか言わなかった言葉をしっかり捉えているのです。

そう言われて「あっ」と気が付いた私は、自分の言葉のミスに笑い出してしまいました(ディセンタリーは赤痢のことですが下痢していることに使うことがあります)。自分のミスをゲタゲタ笑うということは米国人には殆どないことなので、女医さんは内心驚いたかも知れません。傍にいた相棒は、公共では困惑を顔に出さない人なのですが、きっと言葉を知らないバカ妻に内心恥ずかしい思いだったと察します。もう棺おけに片足突っ込んだ私は、何でも歳のせいにして、恥などさらしても開き直っています。

記憶が良くインテリで言葉に完璧主義だった相棒は、昔、私のうろ覚えのいい加減な言葉が気になって、いちいち直してくれていました。最近になって相棒も記憶が悪くなり、言葉を忘れるようになりました。そして、私が「知っていたけど忘れた。知っているのに間違った」という状態を理解してくれるようになりました。それまでは「知っているのに忘れたり間違った使い方したりするものか」と半信半疑だったようです。