遠い母、遠い娘

日本の母から電話がありました。私がコスタリカの写真を何枚か送ったので電話をしてきたようです。

同時代を生きた知り合いも次第に亡くなり、父も逝ってしまってから、84歳の母は時間を持て余しているようです。若い頃から考えることが苦手で、体を動かしていなければ落ち着かない母は、いつも何かすることを見つけて働いていました。今はそれもままならず、苦手な考えをする時間が多くなり、困っているようです。

母は、自分の夫の死はそれほど感傷的にならないが、ずっと昔に逝った母親や姉、兄たちの死が悲しいと言います。兄や姉がたくさんいた母は末から二番目の子供で、母親と姉たちからとても優しくしてもらったようです。ただし母親は母が3歳の時に病死しました。

母が「お前とは話が合わなかったねぇ」と言うので「ホントだねぇ、合わなかったねぇ。価値観が全く違ったよねぇ」と私も相槌を打ちました。日本にいる時はいつもケンカしてました(笑)。今でも母と会話をしていると何だかチグハグになってきます。母は私に自分と同じ考えを期待するのですが、私が全く予期しないことを言うのでがっかりするようです。母から「お前はこう言ってくれると思ったのに、ぜんぜん違うことを言う」と言われてその考えの違いに距離を感じ、母が他人のように思えてしまうほどです。

母は昔「女の子は嫌いだ。男の子がいい」と言っていました。ところが老いた母は今、優しい娘を求めています。そうは問屋が卸しません。私は優しくありません。母が老いたからと言って優しい言葉をかけるような娘ではないのです。母の言うことがあまりにも私の考えとかけ離れているため、電話口でケラケラ笑い転げてしまうのです。母はそんな娘に失望しているようです。ケラケラ笑って旅に行く時間があったら、母親に会いにくるという優しさはないのかと思うのでしょう。

母は「私の葬式は息子と嫁だけで簡単にしてもらうんだ」と言いました。私が葬式に出ることは諦めているようです。ある時、私が「お母さんの葬式には行かなくていいよね。だってもう死んじゃって居ないんだから。生きている内に会えばいい」と言ったことがあります。電話口の向こうで、母が一瞬ウッとした様子がありました。何という娘だろうと思ったんでしょう。

ごめんね、母さん、あなたが思うような娘にはどうしてもなれないんです。
あなたが、私が思うような母親になれなかったように。そういうところは似てますね。最後まで失望だらけの母娘でいきましょう。それでいいじゃないですか。
「ヤダよ!」という母の声が聞こえてくるようです。