ペルーの旅⑥災難

①携帯電話サービス
以前は古い携帯電話だったので旅先の国においてSIMカードを買っていたのですが、スマートフォンに買い換えてから、米国の電話会社Verizonに期間限定の国際電話サービスを頼んで出かけるようになりました。

ところが、旅先で電話できるように契約したつもりで乗換え空港のサンサルバドルでEメールのチェックをした時、数百ドルのローミング代のワーニングがワンサカ出てきたため相棒は慌てふためきました。あとで分かったのですが、契約では旅先はペルーだけとなっていたらしく、旅先の途中の国は契約外ということだったらしいのです。その後ペルーに入ってからVerizonと連絡しても繋がらず、なぜか途中から電話も使えなくなり、幸いEメールだけは使えたので緊急の時はそれを利用しました。携帯による国際電話がこんなに面倒なものだとは思いもしませんでした。もやはサテライトの時代だし、国際電話なんてもっと簡単になってもよさそうなもんです。

②レンタカーの予約手違い
相棒はアレキパ空港におけるHertzのAutomatic四駆を、前もってしっかり予約していました。

ところが出発前に飛行機の座席を決めるため航空券を購入したCheapoというサービス会社に電話したことから厄介なことになりました。Cheapoの顧客サービスのインド訛りの女性が親切に座席を決めてくれたのはいいのですが、親切(お節介?)にも「レンタカーの予約をしてあるようですがHertzよりAvisの方がAutomaticの四駆で安いのがありますよ」とAvisに予約を取り替えてくれたのでした。

さて当日アレキパ空港に着いたらHertzの小さなキオスクはありましたがAvisのカウンターなどありません。Avisのオフィスに電話しようとしたのですが最初繋がらず、近くにいたタクシー情報係の若い女性に片言のスペイン語で電話のかけ方を教えてもらい、やっとAvisと連絡がつくと「Avisはアレキパでは今運営してません。来年1月から運営します」という答が返ってきました。映画やTVではよくある話ですが、まさか現実にこんなアホらしいことが起こるとは思ってもいませんでした。慌ててHertzに連絡をとろうとしたのですが電話番号が分かりません。またあの親切な女性がいろいろ助けてくれて、やっとHertzと連絡が取れ Hertzの人が空港まで来てくれることになりました。

Cheapoの顧客サービスの人は親切からしてくれたのでしょうが、どうして運営していない地区のレンタカーを予約することができたのか、まったく理解できません。相棒がしっかり予約しておいたものをキャンセルして、いい加減な予約に変更するとは顧客サービス係としてあるまじきことです。Cheapoという名前からしてちょっとイヤな予感がしてはいたのですが。

③レンタカーはマニュアルだけ
迎えに来てくれたHertzの人と空港からアレキパの町のHertzのオフィスまで行って、そこで改めてレンタカーを契約することになりました。ところがアレキパの車は99%がマニュアルで、オートマティックなどかなり前に予約しておかないと入手できないと分かりました。Hertzの人は「前の予約はキャンセルされているので、もうオートはありません」と言うのです。相棒はマニュアルは大昔に使ったことがあっても今は全く使えないようになっていました。それでも車がないと動けないので仕方なくマニュアルを借りました。足元をみられたのか予約したものより数倍高い料金をとられました。

相棒は、はじめマニュアルを使いこなせず、車をHertzの駐車場から出すことさえ出来ませんでした。それでHertzの人に町外れのハイウェイまで運転してきてもらいました。町は混雑していて難しいですが、ここから先なら何とか運転できるだろうということなのです。相棒は真剣になってギアを動かし、何とか車を前進させることが出来ました。あとは野となれ山となれです。ガックンガックンしながらもだんだんと慣れてきて、途中で何度も止まってしまっても、こんな山中で滅多に車も通らないので、特に通行の邪魔になることもないので、練習と実習を兼ねた運転をしていきました。ただし、途中から道は舗装されていなくてゴロゴロの石だらけで、山道は狭く細くなって片側は断崖絶壁でガードもついていないし、カーブはヘアピンどころか極端なV字になっているところばかりという状態で、相棒は生きた心地がしなかったそうです。

④道がない
アルキパ地方の道は、車が通るためでなく、人と家畜が歩くためにあるようです。舗装されている道は少なく、ほとんどが石ころがゴロゴロした平たい獣道のようなのです。

渓谷の向こう側にあるLa Colca Lodgeの温泉へ行こうとして、グーグルマップで道を調べて行きました。ところが、途中から車の通れる道ではなく、狭くデコボコして片側は草木が生えてますます道を狭くし、片側はガードのない崖っぷちというところを行くはめとなりました。

そのデコボコ道がグワッと盛り上がった先はもう道がなく岩だらけ。車を返そうにも道が狭すぎ「もう救助を頼むしかない」と相棒は思ったようです。それでも勝気の私は何とかなると思って車から降り、相棒を励ましながら体を張って車を押さえてバックをさせ、少し幅のある所まできたら何とか向きを変えたのはいいのですが、道は平らでなく右上がりになっていて、片側の崖の壁面から生えていた草木の根に車の側面が当たり、車が転倒しそうになりました。ボワンと90度近く傾いて、有難いことに車は起き上がりこぼしのように元に戻ってくれたので助かりました。その時、ちょっとドアを凹ましペンキに擦り傷をつけてしまいました。あとでこれを見つけたHertzからかなりの修理代を要求されましたが、ま、命を落とさなかったことを思えば何でもないことです。

⑤カーブが曲がれない
近くのヤンケの町からLa Colca Lodgeの温泉に行く左の道を断たれたので、仕方なく遠回りのチバイの町から川を渡りコポラケという町を通る右からの道を行くことにしました。道は舗装されていない山道で、左側が崖の細い道。ところどころで工事中で土が盛られていて走り難いことこの上ないのです。それでも細く曲がりくねった道をガタガタとゆっくり車を転がして2時間近く、La Colca Lodgeの入口付近にきました。

ところが入口の狭い道は左に15度ぐらいのV字急カーブになっていました。相棒がカーブを曲がろうとしましたが、真ん前の崖縁に車の鼻が来て、とても曲がることが出来ず、仕方なく後ろに下がろうとしましたが、なんせマニュアルでガックンガックンしているので、ややもすると崖から落ちる危険がありました。相棒もこれには参ってしまい、とうとう曲がることを諦めて車から降りました。そしてロッジの人を呼んでくるといって細道を下へ降りていきました。ロッジの人が3人ほどやってきましたが、皆運転できる人たちではなく困っていると、反対側からSUVがやって来たので、その運転手さんに頼んで車をカーブさせてもらうことにしました。その運転手さんも「この状態では崖に落ちるかも知れない。ニュートラルにするから皆で押し上げてくれ」ということになり、私と相棒とロッジの人と5人で押し上げ、安全な所まで下がってからカーブさせロッジの駐車場まで降ろしてくれました。こんなことまでしてやって来ましたが、温泉はとてもいい湯で来た甲斐がありました。

帰りの道は、相棒はもうコポラケ廻りで戻りたくないと思い、ここの温泉のバーテンダーにヤンケへ抜ける道を訊いてみました。バーテンダーさんは携帯で地図を提示しながら「抜け道」を教えてくれました。半信半疑で教えられた通りに行くと、行きに2時間ちかくかかったのに帰りは15分でヤンケに抜けることが出来、相棒はバーテンダーさんに感謝していました。

⑥パンク
これは災難ではありましたが「不幸中の幸い」と言い換えた方がいい話かも知れません。運転にも慣れてきた相棒ですが、大晦日の前日、宿の駐車場に戻ったら、車からシューシュー音がするのに気が付きました。最初は宿の川の流れの音かと思ったのですが、よく見ると右前輪にたくさんの大きな砂利がついていて、その一つから空気が漏れていることが判明しました。なんたる...相棒は一難去ってまた一難で神経衰弱気味になってしまいました。修理工などどこにあるかも分からず、もう夕方だったので、店があったとしても閉まっているだろうし、ホテルのフロントに行くと「修理屋に電話してみます」というだけ。あとでフロントに確認すると、やはり修理屋は電話応答がないということでした。

相棒は気がきでなく、また駐車場に戻ってタイアをみたら、もうペッタンコになっていたそうです。ところが、そこにホテルのバンの運転手が二人居合わせたのだそうです。そして心配してタイアをみてくれて、町の修理屋までタイアを持って行って修理すると言ってくれたのだそうです。もう夜遅いのに、その二人は、スペアタイアに付替えてくれて、パンクしたタイアを持って町へ向かったそうです。

翌朝、フロントに行くと、昨夜遅く、あの二人が修理屋でタイアの修理を済ませ、スペアタイアと修理したタイアを取り替えてある、というのです。昨夜は遅かったので私たちに連絡することは避けたのだそうです。相棒も私もあまりの親切さに言葉も出ませんでした。この二人は多分Yanqueの町かChivayの町の住人だと思います。コスタリカでも同じような親切に巡り会いましたが、ペルーでもそれと同様の親切な心に出逢いました。ありがたいことでした。

⑦飛行機の待機
帰りはアレキパからリマとボゴタの2箇所で乗換えてJFKに着くというフライトスケジュールでした。ボゴタに着いた時、ニューヨークが大雪でボゴタで待機して1泊しなければならないと伝えられました。いつも処方箋薬とか下着などは1日分余分に持っていくので困りませんでしたが、ボゴタのような麻薬ギャングの都市に留まるのは気分が良くなかったです。シェパードを連れた警官とかイヤフォーンを着けた警備の人たちがアチコチで目立ちます。それでもAvianca航空は一所懸命、ホテルや送り迎えのバンを用意して旅客に対応していました。Avianca航空は機内においても米国の航空会社よりずっと気の効いたサービスをしてくれると感じました。Avianca航空のお陰で1日遅れもそれほど苦になりませんでした。