ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

 バスの運転手さんの善行

先週日曜日、NY市では絶対ありえない場面に出あいました。とてもいい場面、まるで映画の一場面に入り込んだような気持でした。

先週の日曜日、所用でビレッジまで出かけたのです。ついでに少し散歩して夕食を済ませ、帰りのバスに乗りました。日曜日ということもあり、道は混んでおらず、途中まで順調に進んでいました。ところが国連ビル近くの停留所で運転手さんがエンジンを完全停止して何か言いながら外へ出て行きました。そう言えばタイヤが擦り切れているような音がしていたので、バスが故障してしまったのだろうかなどと思いました。

私たちは特に急いでいるわけでもないので、鷹揚に構えて待っていましたが、一人の乗客は急いでいたのか電話をかけて「バスが止まっちまったよ。なんだか分からんが立ち往生だ。まいったぜ」というようなことを不満げに大声で相手に伝えていました。何かあるとすぐ不満を言い始めるNY特有のネガティブ・タイプ。

ところが、別の乗客が「今降りた人が財布を落としていったので運転手さんが追いかけて行ったのだ」と説明してくれたのです。しばらくして戻ってきた運転手さんに乗客が「間に合ったか?」と訊くと「イェス」と答えたので、皆が拍手して運転手さんの機転を称えました。

この運転手さん、私たちが乗った時から真面目で親切な人だという感じがしていました。15番のバスなのですが、この15番というバスはクセモノで、乗車カードを持っていてもそれが使えず、まずバス停にあるチケット販売機にカードを入れて、チケットを入手せねばなりません。販売機でチケットを買っている間にバスがきて、不親切な運転手さんなら行ってしまうことが何回もありました。この運転手さんは、私たちが販売機からチケットを買い終わるまで待っていてくれました。それから次に止まるバス停のストリートをしっかり車内アナウンスしてくれるのでとても助かりました。当たり前のようですが、そういう運転手さんは少ないのです。

そしてこの善行。週日のラッシュアワーであれば出来なかったかもしれませんが、日曜日で乗客も少ないので運転手さんは機転を利かせたのだと思います。それでもバスを止めて降りて行き、客を追いかけることなどする運転手さんは初めてです。財布を落としたら困るだろうと他人を慮(おもんぱか)る米国人がいるなんて驚きです。奇跡に遇いました。あまり嬉しかったので、この運転手さんのことをMTA(マンハッタン交通局)に伝えようかと思い、バスの車体番号5639をしっかり憶えたほどでした。ただし、車を止めて出て行く行為は、もしかしたら運転手としてのルール違反になるかも知れないと考え、報告することは控えました。しかし、時にはルールに縛られることなく、このように機転を利かせるのが善行には必要です。