ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

ミラクル?

昨夜、近くの映画館で映画を見終えた頃、ふと私の指にいつもはめている指輪の1つがないことに気が付きました。結婚指輪と婚約指輪の2つを嵌めているのですが、婚約指輪がないのです。指の関節が太いので すり抜けて落ちるということはありません。映画館を出ながら「イヤな予感」がし始めました。

家を出る前、指輪を宝石用洗剤液で洗ったことは覚えているのですが、そのあと指に嵌めた記憶がまったくないのです。台所の流しで指輪についた液をすすぎ、水気をとるためペーパータオルに包んだところまで覚えているのですが、そのあとはスパッと切り取られたように記憶がないのです。まさか...まさか指輪をくるんだペーパータオルをゴミと間違えて捨ててしまったりはしなかったろうか...という考えがふと浮かびました。

留守中にゴミを残しておきたくないので、外出する前にその辺をササッとペーパータオルで拭いて、それを最後にポイッとゴミ袋にいれ、その袋を各階に1つあるゴミシュート(シューター)に落としてから外にでる私です。きのうもそうやって出たのです。指輪をペーパタオルに包んだあと、流しにグラスが残っていることに気付き、それを洗ったような気がします。洗ったあと、指輪のことはスッカリ忘れてしまったのでしょう。最近は、何かしている最中に他のことをすると、前にしていたことをスッカリ忘れてしまうようになり、同時に2つのことができなくなっています。出掛けに台所を片付けた時、カウンターに丸まっていたペーパータオルをゴミと間違えてゴミ袋に入れた、という可能性があるのです。

案の定、帰ってから台所を探すと指輪はありませんでした。その辺を探しましたがありません。イヤな予感が現実となるかも知れないと思い、ゾッとしました。

このアパートは22階あり各階に26室、つまり570余所帯が入居しています。その1日のゴミの量たるや膨大なものだと思います。それでも相棒は夜中なのにロビーに下りていき、ドアマンに地下に集めたゴミを調べたい旨伝えると、明日8時に来るゴミ処理のポーターたちと相談するように言われました。そして翌朝、つまり今朝8時に地下に下りてポーターに話すと、昨夜のゴミは黒い大きなポリ袋に詰められていると分かりました。ただし、人間一人入りそうな大きなポリ袋が12、3個あり、そのどれに私のゴミが入っているかは分かりません。「膨大な量の生ゴミの中からちいさな指輪を探すのは『藁の中の針を探す』ようなものだから...」と言いながらもポーターの一人が親切にも使い捨てゴム手袋と新しいゴミ袋の束を用意してくれて「僕たちが探す時間はありませんが、ご自分で探すなら手袋と余分のポリ袋を渡しますから探してみてください。1日かかっても終らないかも知れませんよ」と徒労に終ることを察して同情するようにいってくれました。

相棒と二人、針金でしっかりと口を閉じてある黒ポリ袋を1つずつこじ開け、臭いゴミをせっせと取り出しては別の袋に詰め込み、汗かきながら探し続けました。開けたポリ袋はまた針金を回してしっかり閉じました。ゴム手袋をしているとはいえ生ゴミを手で扱う自分の感覚が何となく麻痺しているようでした。どれくらい経ったでしょう、時の経過にも麻痺していた私は、これが最後という黒ポリ袋を開けました。しばらくすると、その中に見覚えのある歯ブラシを見つけました。私の捨てた歯ブラシです。私のゴミの小袋はもうズタズタになって中身は出ていましたので、黒ポリ袋の中にバラバラになっているゴミを全部いちいち取上げ、ペーパータオルなどは広げて念入りにみてみました。そしてゴミがどんどんなくなっていき、もうダメだろうと諦めの気持で黒ポリの底に溜まった黒いコーヒーのカスを退けたのです。するとそこに、指輪がありました。

私はもう感情がブワーッと湧き上がって、相棒に抱きついてド泣きしてしまいました。しばらく私たちの様子をみていた別のポーターがニコニコしながら「結婚指輪だったの?よかったね」と言ってくれました。

部屋に戻った相棒も私も、昨夜からの緊張が解けて、しばらくボーッとしていました。そして「これはミラクルだね」と二人で顔を見合わせました。