母と赤毛のアン

相棒と思い出話をすることが多いのですが、その中で私が『赤毛のアン』の話を何度がしたことがあります。「何度も同じことを話してしまう」と後悔する私に、相棒はそんなことないと言ってくれます。私が『アン』の話をする時はとても楽しそう。楽しい様子の私を見るのが嬉しいんだそうです。

私が『アン』に出あったのは12歳ぐらいの頃、虫垂炎の手術で入院していた時のことです。入院している間、ベッドで退屈だろうと考えてくれたのでしょうか、母が本を2冊買ってきてくれました。ハードカバーの本でしたが奇妙な色でした。真っ黄色の厚紙表紙に真っ赤な布背表紙。本の題名も何も書かれていません。母は倹約家なので新しい本など買うわけがありません。古本屋で買ってきたと言っていました。表紙カバーがなくなった裸の本だったようです。
母は本など読む人ではないので、本を買ってくるということ自体が不思議でした。それに私の気持などあまり考えてくれる母ではなかったので、本などという嬉しいモノを私のために買って来てくれるということも青天の霹靂で信じられず、「おかあさんが買ったんじゃないでしょ? 誰かがくれたんでしょ?」と疑問を投げかける私に母は自分が古本屋で買ってきたと言うのです。今思い起こしても、いまだに信じられません(笑)。
その本がL M Montgomeryの「赤毛のアン」と「アンの青春」でした。村岡花子さんの訳でした。村岡さんの翻訳が私にはピッタリで、その2冊はその頃の私の大好きな本になったのです。いつもクソ真面目で重苦しい私の気持を軽くしてくれる本でした。重苦しい気持にさせる母が買って来てくれたことが皮肉です。
母との思い出で嬉しいモノはないと思っていたのですが『赤毛のアン』との出あいをくれたのが奇しくも母であったということを今さら思い出しました。不思議です。