心知らぬ 人は何とも言わば謂え 身をも惜しまじ 名をも惜しまじ

明智光秀のことは司馬遼太郎の書いたものを何十年か前に読んだことがあります。昔のことで、光秀自身のことについて書かれたものを読んだのか、細川ガラシャについて書かれたものを読んだのか、その両方を読んだのか、すっかり忘れてしまっています。司馬さんが本能寺の変についてどんな解釈をしていたかも覚えていません。ただ光秀については、眉目秀麗、品行方正、忠義を重んじ学問や行儀作法に通ずる立派な武士と表現されていたように思います。
後の世で「三日天下」とか「謀反人」など悪者のレッテルを一身に背負った光秀ですが、流石に司馬さんは何十年も前に私の目を開かせてくれていました。YouTubeで本能寺の変の真相についてのビデオを何本か見てみました。黒幕に天皇がいるとか秀吉が絡んでいたとか、信長から家康暗殺を命じられた光秀がそれに従えなかったからだとか、状況証拠や事後の行動などから色々な憶測を展開していて面白いです。
光秀の置かれた状況から光秀が自分の意志で動いたことは確かのようです。ただし、天下を狙っていたのではなく信長を消し去ることが目的であったと思われ、例え武者狩りで殺されたとしても光秀の目的は十分果たされたと思われます(光秀は生きていて天海坊として家康に仕えたとも言われているのも興味深い話です)。私が涙してしまったのは、光秀の作と思われる掲題の歌です。
心知らぬ 人は何とも言わば謂え 身をも惜しまじ 名をも惜しまじ(永源師壇紀年録)
無責任で口差がない世間が何と言おうと構わない、命も惜しくないし 名声も惜しくない
このような立派な心がけの人が現代にもいるのです。私はラッキーなことにその一人に会っています。相棒の故従兄です。6年前に亡くなりました。数年の間に徐々に皮膚がただれてくる癌のために逝ってしまいました。911テロの時に灰を被った人々に種々癌が発生しているようなのですが、その一人故従兄は怒りもなく責任追及もせず、淡々としていたようです。自分が癌で数年の命ということを、信頼できる数人以外には、誰にも知らせず黙って亡くなりました。相棒も私も死後に知りました。その従兄の友人が後に追悼式で述べたのですが、まだ従兄が生きている時「何でおまえがこんな目に遭わなきゃならんのだ」と涙する友人に従兄は「私でよかったんだ。私だから耐えられるんだよ」と言ったというのです。どこか光秀に似通う精神の持主だと思うのです。
こういう人が実在するということを知るだけで自分というものを省みる機会を与えてもらえます。しかし「このような崇拝出来る人に比べて自分は何と最低な人間だ」と嘆く必要はないと思っています。こういう素晴らしい人がいるということで自分の置かれた立場が見えてくる、自分を知る、ことが出来るだけでも冥途の土産です。