2017年末の旅 アリゾナ州アンテロープキャニオンとセドナの赤い岩壁 ③ ホピインディアン住居Walpi遺跡

 

翌朝ホテルをチェックアウトし、ホピ族のWalpi遺跡へ向かいました。途中少し迷いましたが、予約しておいたホピ族のガイドさんと何とか合流でき、高台絶壁にある遺跡を訪問しました。

f:id:nykanjin:20180110044208j:plain

ガイドさんは私たちの前を凄いスピードでどんどん車を走らせ高台の遺跡へ向かって行きます。後を追う相棒はかなり焦ったと思います。

左の写真はドンドン前を行くガイドさんの車を私がパチリ。行く手に遺跡のある崖が見えます。

高い丘を車で上りきると、最初、人が現在住んでいる地味な平屋住居が数軒立ち並んでいる所に出ました。ガイドさんはそこに住んでいる人に買物袋を渡していました。私たちと合流した崖下に店があって、そこで買物を頼まれたようでした。私たちには説明する必要がないという態度で何も言いません。こういう所がインディアンらしくて、笑いを噛みころすのに苦労しました。

f:id:nykanjin:20180110044559j:plain

そこをさらに上ると絶壁の両側が見えるほど狭い場所に石造りの家が立ち並ぶ古い遺跡がありました。(写真は借物)

所々に現在もまだ人が住んでいる家があり、ホピ族の酋長もそこに住んでいて、私たちが見学中にたまたまその酋長がセダンに乗って遺跡まで乗り上げてきました。酋長以外に車で来ることができない場所で、酋長の家の前に駐車してある車と古い遺跡とが釣り合わず、笑いを誘います。

f:id:nykanjin:20180110045034j:plain

そこには美しい青い空を見透かすアーチ型の通り道が家と家の間にあり、欧州の古い町角を思わせるような可愛らしいその一角を写真に撮りたかったのですが、残念ながら遺跡の撮影は禁止されていました。(写真は借物を合成)

 

ホピ族のゆったりした時間

遺跡をあとにしてホピカルチャーセンター内のホテルに着いたのは夕方。この辺りは周りに何もなく、夕食はホテルのコーヒーショップで済ませました。相棒はホピ族のスープとパン、私は普通の小型ピザ。思ったより美味しかったです。この頃から唇がカサカサになり、指輪をしている辺りの皮が荒れて剥けはじめていましたが、空気が乾燥しているんだなぁと思うだけでたいして気にしないでいました。

翌朝はクリスマスでレストランは休業の予定でしたが、宿泊客が20人ほどいたので、わざわざ「マネジャーが9時から朝食を準備する」と前日に伝えられていました。それで翌朝少し寒い中、9時少し前に部屋とは別棟になるフロントに行くと入口は閉まっていました。フロントは10時から開く予定でしたが、朝食は9時からと聞いていたので、フロント横のレストランは開いていると思ったのです。

そのうち宿泊客がゾロゾロと入口に集まってきましたが、ドアは閉まったまま。他の客たちも私たちと同じく朝食は9時からと聞いていたようです。でも皆黙って、寒い中立って待っていました。私たちは寒いので一度部屋に戻り、9時半頃また下りて行きましたが、ドアは閉まっていました。15分後にまた下りて行くとまだ閉まってました。そして10時頃にフロントの人が入口を開けたようです。私たちが下りていくとレストランに明かりがついていていました。あとで分かったのですが、9時というのはマネジャーが来る時刻のことで、それからビュッフェ式の食事の準備をするということだったらしいです。ホピの人たちは太陽や月をみて時刻を感じるので、今様の時計を見ながら生活する都会の連中とは意を異にするようです。ほかのインディアンの時間に対する態度も似たようなもので、遅れたからといって悪びれることもありません。

時間に対する感覚の違いと言えば、昔、グランドキャニオンに旅した時、ハバスパイという谷間にあるインディアン村を訪れた時のことを思い出します。

その村まで馬で行くことになっていました。小高い丘の小道を馬で行くのかと思っていた私たちは、高い高い崖から直角に谷間に向かって人一人しか通れない細いつづら折りの崖道を馬で降りると知った時は背筋がゾッとしたものです。崖の上でインディアンのガイドさんが待っていたのですが、私たちが着いてもなかなか動こうとしません。30分ぐらい待っても動こうとしないので「まだか?」と訊いたら「ほかにも客が来る予定になっている」とのことでした。それで1時間ぐらい待っていましたが、客はやってきませんでした。するとガイドは私たちだけ馬に乗せて、たまたまそこに居たインディアン村の郵便屋二人に谷間まで付き添うように頼んでいました。そして、またジッと崖の上で来ない客が来るのを待っていました。村の郵便屋は私たちより背の高い立派な馬に乗っていました。こわごわオンボロ馬でモタモタ降りていく私たちをこの郵便屋二人は後ろでニヤニヤ笑って見ながら付いてきていました。しかし、モタモタしている私たちに業を煮やしたように、谷間に着くや否や「ここからは馬が道を知ってる」と言い残して二人の郵便屋は「颯(はやて)のように去って」行きました。ホントに風のようにいなくなりました。馬が道を知ってるからって、このオンボロ馬は何だか頼りなくてポトリ、ポトリと歩くだけで、少しお腹を蹴っても我関せず、ポトリポトリと歩いて行きます。それでも川をドブドブ渡って向こう岸について、しばらくしたら足が早くなったのです。そして村に着きました。可愛いインディアンの女の子が英語で「ガイドはどうしたの?」と訊いてきたので「私たちだけよ」っと言ったら驚いて、ホテルのある方向を指さしてくれました。ま、インディアンたちは、誰でも特別扱いはせず自分たちと同じように扱うようで、時間の扱いもまた然りと思っていれば問題ないようです。