ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

母と娘の会話

今朝、日本の母から電話がありました。留守電が回り、せっかちな母は私がすぐ出ないので「ハロー、あれ居ないの? どこいったのかね?」と言ってすぐ切ってしまいました。慌ててこちらから電話するとなぜか話し中のツーツーという音が返ってきます。

時々、私の留守電器と電話会社の留守電サービスの両方が同時に作動することがあり、そういう時は電話線が数分使えなくなってしまいます。電話屋の留守電サービスなど不要なのですが、電話代に勝手に組み込まれています。

ま、何とか電話が通じて母と話す事ができました。いつも母が電話してくる時は慌てたような声なので何事かと思ってしまうのですが、電話を返してみると「なぁに?」ってな感じで声が返ってきます。「何かあったの?」と訊くと「うんにゃ、ただ話したかっただけ」と言うので安心する、というのが定番です。

私から電話すればいいのでしょうが、どうも電話があまり好きではないのです。相手の様子が分からないので、こちらで状況判断するのが難しく、四方山話は何だか落ち着かなくて出来ません。それで、用件だけ話しておしまい、という電話しかできない性分なのです。その代わりEメールなら長々と書けます(笑)。相手の人は、嫌なら読まなくてもいいし、すぐ返事する必要もないし、気兼ねなく使えます。それでも自分としては遠慮しいしいメールするんですけど。

さて、母は「もう86歳だ」と言います。まだ85歳の筈ですが、昔の人なので数え年で言っているらしいです。「私に60過ぎの娘がいるなんて驚くねぇ」などと言います。面白い言い方をする人だなぁ(笑)。私が日本に居た頃の母はチャキチャキの現役で、口八丁手八丁、1人で3人前ぐらいのことをやっていて、のろまな私に「おまえ、グズだね、おそいよ、何やってんの」と言うのが常でした。

母の周りにはいつも人がいたような気がします。そして母はいつも喋っていました。それが、気が付くと周りに誰も居なくなっていてお喋り相手がなくなってしまったので当惑している様子です。その困った様子を思って、なぜか私は可笑しくなってしまいます。昔は私なんぞと話すより知り合いの人と話す方がよかった母ですが、今は話の合わない娘でも相手にしたいようです。

今朝の母はとても嬉しい話をしたくていたようでした。弟が母を親戚の墓の墓参りに連れて行ってくれたのだそうです。「いい息子と嫁が居て、今は大変シアワセだ」と言う母でした。母のような性格の姑では、私が嫁だったら苦しくて首吊り自殺していたかも知れません(笑)が、なんともラッキーな母で「あんまり嫁のことを褒めると、他の人はヤッカムから人前では褒めないことにしてるんだよ」と言うのです。

こんなにメデタシメデタシな老後が母に来るとは思ってもいませんでした。ありがたいことです。よく考えると、母と合わない娘の私が遠く離れたことが幸いしたのではないかと思うのです。母に「息子でなくて、オカシナ頭で勝手な考えの娘が離れたのでよかったねぇ」というと「...そ、そうだねぇ」と今になって納得する母でした。よかったねぇ、オッカサン。