ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

暗雲

きのうはNY市長選挙の日。前日までの予想は民主党候補が大きくリード。私は「奇跡」が起こることを祈りながら、ジュリアニ元市長の下で副市長をしていた人(共和党)に投票してきました。この日、投票所は昔ながらの鉄のバーをガッチャンと倒す方式ではなく、スキャナーに票をくぐらせるデジタル式になっていました。

そして今朝...むろん「奇跡」は起りませんでした。ディンケンズ元市長の政権下にいた民主党のデ・ブラジオというレフティストが市長に選ばれました。これがNY市民、特に中間層の働く市民にとって、どんなに末恐ろしいことであるか...私の心は暗雲におおわれています。

http://www.youtube.com/watch?v=xEuieBDt56s

NY市は1960年代に民主党の外見ハンサムなリンゼイ市長が市政を崩壊して以来、その後3代続いた民主党市長下、治安は悪化の一途を辿っていきました。中間に故コッチ市長が少しだけ財政立て直しをしてくれましたが、犯罪は一向に減らず、ディンケンズ市長に至っては犯罪の上にさらに黒人暴動が続き、一般市民には耐えられない事態になっていました。

あの頃、企業の本社が続々と市外に引越し「空洞化」の始まったNY市には浮浪者がたむろし、土地住宅価格は暴落、一般市民は毎日怯えて暮らしていました。当時、警察は犯罪を見て見ぬ振りしていため、市内は昼も夜も強盗窃盗がはびこり「20ドル札を別ポケットに入れておいて襲われたらそれを渡して逃げろ」という馬鹿げたルールが広まっていました。あの頃アパートのドアには3つ以上の錠をかけることも常識でした。私も地下鉄やスーパーでスリやカッパライにやられたことが2、3度あります。

こんな恐ろしいNY市を人の住める場所に変える奇跡的な改革を行ったのがジュリアニ市長でした。浮浪者を一掃し、強盗窃盗それら犯罪の原因となる麻薬取締まり強化などで、街が安全になり、人や企業が戻ってきて街は活気を取り戻し、NY市は一時的に住みやすい所となりました。

ジュリアニの8年間で市内が一掃され安全で住みやすいNYになり、ブルンバーグ現市長の2期目(8年)までは何とか持ちこたえたのですが、3期目からダレ気味になってきて浮浪者がまたぞろ増え始め、今は歩道で物乞いする者があとを断たず、例えばリンカンセンター辺りでは寝床を歩道に敷いて毎日寝起きする者まで出てきています。私たちも街を歩くと必ず物乞いに遭います。バスや地下鉄などでプ〜ンと何日も風呂に入らない人の臭いのする方をみると大きなカートに荷物を入れて席に座っている浮浪者がいるのです。酷い時はスーパーに小便垂れ流しの臭いを撒き散らす浮浪者が入り込んできます。こういう人たちこそ政府の指導と援助が必要なのですが、「個人の自由、自立」を建て前に、徘徊を放ったらかしにするのがレフティスト(今の民主党)です。

1960年代の民主党市長政権下では、病院や施設に入っていた精神異常の人たちを、市の予算から外すため街中に放ちました。街に溢れた浮浪者を簡易ホテルに収容することを始めると、そのホテルは荒廃しはじめ、その周辺は夜危険な場所になり、そういう場所があちこちに広がってNY市全体の荒廃が始まりました。グランドセントラル駅は浮浪者がたむろし、ベンチに寝そべって、通勤者の座るところもないくらいでした。ジュリアニ市長の時にグラセンは新装され、きれいになって人々が戻ってきていましたが、最近はまた浮浪者が床に座りだし、駅の店も活気がなくなってきています。

つまり、民主党の市長になると、また浮浪者を街に溢れさせ、強盗窃盗を野放しにするので街の荒廃を余儀なくさせられることになるのです。ジュリアニの努力は水の泡となり、NY市はまた元の荒んだ街になることが目にみえるようです。

オバマの任期4年が終れば、ヒラリーが大統領候補になると予想されます。NY市にクリントン派のデ・ブラジオ市長を置けば、2016年のNY州の票はヒラリーが確保したも同然となります。このデブラジオ当選の陰にはクリントンが動いているのかも知れません。NY市は終わりです。米国も終わりです。ご愁傷様。