黒打切出小刀

故父とは滅多に話すことがなく、どちらかと言えば疎遠だった私ですが、モノをみて、ふと「ああ父が使っていたっけ」などと思い出すことがあります。父そのものを思い出すのではなく、父のいた雰囲気を思い出します。

先週、いつも覘いている日本のサイトに「黒打切出小刀」の写真をみつけ、たいへん懐かしい気持になりました。父はいつもその小刀で鉛筆を削っていたのです。鉛筆削器では芯がすぐ減るのでダメだと言うのです。その言葉通り、父が削った鉛筆は長持ちしました。父の引出しは、いつ開けても紙に書いたようにきちんとしていて、その小刀はオリーブ色のプラスチックの細身の筆箱に入っていました。私も時々借りて削っていましたので、50年以上経った今でも、その引出しの場所が目に浮かんできます。私の机の引出しにはいつもゴミがあったりするのですが、父の引出しには、そういう巷のゴミがなく整然として、キリコの絵のようなシンとした静けささえあり、私は不思議でしょうがありませんでした。父は靴もきれいに磨いていました。「ショッ、ショッ」と息をしながらブラシで磨いている靴をみると、きれいに皮の奥から光っていました。

「鉛筆削り」も「靴磨き」も、今は見かけない光景でしょうね。