木漏れ日

気が付くと私は木漏れ日が好きになっていました。「平和とは?」と訊かれたら、木漏れ日のある庭でゆっくりお茶を飲む、そんな情景が頭に浮かんできます。

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 「木漏れ日は丸い」と聞いて、散歩している時に気をつけてみたら、なるほど丸かったです。

いつも自分の思った「木漏れ日」を描きたいと思うのです。頭の中には浮かぶのですが、実際にはなかなか思うように描けません。

 

f:id:nykanjin:20170922054038j:plain木漏れ日のある並木道も大好きです。いつも見ているブログに私の好きな並木道の写真がありました。わぁーいいなぁ、と思って、その写真に触発されて並木道をマウスで描いてみました。マウスだから細部まで描くことは出来ず簡単に済ませます。済ませたあとでアチコチ手を入れたりしますが、そんなことすると反って不自然で、マウスの荒いタッチのままのほうがよい時もあります。

 

練習のために写真の上からマウスで色をつけたりして「研究」しています。

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これがその「研究」のための練習作品。写真なので構成がよく、自分が描いたものが幼稚に見えてきます。

いつか自分が満足できる木漏れ日の絵が描けたらと思っています。死ぬ前に描けるかなァ。

Rebel in the Rye 観ました

先ずは私の悪い癖である余談の前書きから。

私が十代後半の頃だったと思います。J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて ("The Catcher in the Rye")』と言う本が新聞などで褒めたてられ、話題になったことがありました。馬鹿な私は噂の本を読んでみたくなり、わざわざ電車に乗って、とある本屋さんまで行き、正価で購入していそいそと持ち帰りました。そして最後まで読んでみて「何だこれ!」と無性に腹が立ち、その本をゴミ箱に投げ捨てたもんです。文字通りドサッと投げ捨てました。私は本を捨てるなんてしない人間なのですが、噂に乗っかってしまった自分の馬鹿さ加減に余程腹が立ったのだと思います。もう本の内容はよく覚えていませんが、自分勝手な奴が何やらかんやら不満をぶちまけていたように思います。勿論、日本語の翻訳なので原文のリズムもジョークも伝わってきません。何しろ、もうサリンジャーという名前が嫌になって今に至ります。

Rebel in the Rye

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この作品はサリンジャーの本ではなく、サリンジャーの生涯についての映画です。相棒が見てみようと言うので、あんな嫌な作品を書いたヤツが出来上がった背景には何があったのかと思ってみてみました。

サリンジャーは第二次大戦でDデイで戦った兵士の一人でした。あの苛酷で恐ろしい死者の数を出したノルマンジーの戦いで精神をおかしくしたようです。

人嫌いになり何事も「インチキ」と毛嫌いする気持は分からないでもありませんでした。しかし、そういうインチキなやつらが彼の才能を賞賛し本にして売り出したのだから皮肉です。ま、執筆家とか芸術家は一癖も二癖もある妙な性格の人が多いから、サリンジャーもその一人ということだろうと思います。

街で見かけた可愛い子供

先週、天気の良い日、買物に出た時、乳母車に乗った可愛い赤ちゃんや子供が通りかかりました。乳母車の中には、まるで水彩画の挿絵かと思う赤い頬をした、いわさきちひろさんが描くような可愛らしい顔の元気な男の子が居ました。目の辺りがどこかで見たような、と思ったら弟の赤ちゃんの頃に少し似てました(笑)。

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色彩も顔付も素晴らしい ちひろさんのような絵が描けたらなぁと思います。

自分で何とか描いてみたのですが、あの可愛らしさが出ません。足元にも及ばない絵になりましたが、ま、マウスだけで描いているという口実があります。

今日も朝歯医者へ行ったのですが、その行き帰りに、可愛い男の子の後ろ姿を2、3見ました。短いズボンからでる可愛い足でヨチヨチ歩く様子がどうにも可愛いくて、ついニコニコして眺めてしまい、向かいから歩いてくる人が「この人おかしいんと違う?」というような顔して通り過ぎます。

猫柄ソックス

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来月末のハロウィーンの飾りが店頭に出始めました。ハロウィーンには猫がつきものなので、ネコのグッズもいろいろあります。

数日前、薬を買いにいった時、店内にハロウィーン用の猫柄のソックスがありました。無駄なものは買ってはならぬ、とは思ってもその可愛さと2.99ドルという安オモチャ級の値段に負けて買ってしまいました(笑)。子供用です。

70近いババァがこんなもの穿くのか?

平気で穿くと思います。そう言えば数年前グレイシア国立公園に行ったとき、素足であまり寒くて慌ててお土産屋でソックスを買ったのですが、その時も色鮮やかなムースのソックスでしたっけ。それも穿いてます。

豆の煮凝り

「煮凍り」と書くと思ったんだけど、凝るは「こごる」とも読むんですね。「こごる」とは「冷えて凝固する」ということだとか。凍ってはダメなんですね。

昨日レンズ豆のスープを作ったんです。セロリをたっぷり入れて。鍋に残ったのを冷蔵庫に入れて置きました。今朝取り出したら綺麗に煮凝っているのです。セロリが透明なゼリーの中に浮いていて、日本の美しい「モネの池」を思い浮かべてしまいました(笑)。

豆の煮凝りは植物性タンパク質で身体にいいんだろうと思います。レンズ豆とサバを煮込んだらさぞかし栄養たっぷりな煮凝りが出来るだろうな。

健康のために相棒に青魚を食べさせたいけど、スーパーの中の魚屋さんしか知らないし、そんな所で売ってる人みると魚の活きも悪くなるような感じで買う気がしない。「へい、っらっしゃい、っらっしゃいぃ~」とハチマキした威勢のいい人が売ってれば俄然買う気が出るんだけど、ボソーッとしていて魚の何かも知らんって感じの人が立ってると素通りしてしまう。魚はTrader Joe’sで冷凍のマグロと鮭を買ってます。

ローズヒップ

YouTubeで推理ドラマを見ていたらバラの香りの話が出てきました。それでふとハマナスのことを思い出しました。海岸に行くと見かける植物。バラ科であるのにナスとはこれ如何に。

ハマナスの香りで一番印象に残っているのはメイン州バーハーバー西にあるバスハーバーという灯台のある岬。風が吹くたび、とてもよい香りが漂い、いつまでもそこに留まりたくなる岬です。

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今回のノバスコシアの旅でもよく見かけました。ハマナスはRugosaとかBeach Roseとか呼ぶらしいです。特にケープフォシュにはたくさん咲いていて小粒のトマトかと思うほど大きなローズヒップが実っていました。そこのヒップを二つほど拾って車のコンパートメントに入れて置いたのを忘れていました。家で育ててみようかと思ったのです。

実(じつ)は大変言いにくいことなのですが、セントルシアのアーモンドをダメにしてしまったのです。それで土の残った大きな植木鉢があるので、そこでハマナスを育ててみようと思ったのです。

一所懸命育てて大きくなる度喜んでいたアーモンドでしたが、あまりに背が高くなり天井に届いたら困ると思って剪定?してしまったら、それからもうまったく反応しなくなり、葉が次々に落ちてダメになってしまいました。もう心からアーモンドに申し訳なく悲しくて一年ほど口に出来ずにいました。

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余談ですが、ケープフォシュにはモナーク(オオカバマダラ)に似た蝶がたくさん舞っていました。「ちょっとそこで止まってぇ」と頼んだら止まってくれたので羽を広げているところ一枚撮れました。この写真、拡大してません。モナーク蝶とは模様が違いますね。ちょっと蛾に近いかな。でも羽を縦に閉じて止まってたから蝶です。

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喉元過ぎれば

16年前の今日、よく晴れた朝突然に...昔の映画の邦題にそんなのがありましたっけ。

昨日、相棒がふとあの惨事の日付けを気が付かせてくれました。言われなければ耄碌した私は忘れて過ごしてしまったかも知れません。

あの日マンハッタンは映画のシーンそのものでした。

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ツゥィンタワーは、私がNY市に来てすぐ建設が始まり、ギンギラギンのメタルが高く積みあがっていくのを私も眺めていました。

出来上がったビルの100階あたりのオフィスに勤めたこともあり、風のある日はギィ、ギィと音を立てながらビル全体がゆっくり振り子のように揺れているのを感じたこともありました。揺れを身体で感じるというより窓の外を見ると景色が微かに揺れ動いているのでそう感じたのだと思います。40数年前の話。

そして16年前にそのビルが2つとも崩壊。1つが黒煙を上げて崩れたあと、2つ目がこれでもかと崩れていき、数千人が死亡。めったに驚かないニューヨーカーもこれには驚き慄(おのの)いた。そして暫くNY市は不思議な静けさの中にありました。悪人も動くのを止めたような静けさでした。

これだけのことをされてもNY市のレフティストは変わりませんでした。元の木阿弥。今のNY市は再び汚くなり、酒まみれ薬まみれの連中が街をうろつき廻り、間接的にソロス爺さんから送り込まれてくるホームレスたちが路上に座っているのです。

乞食に金を与えても助けにはならないのに、親切そうに話しかけたりお金を上げたりしている人が絶えない。だから乞食を商売にする人が絶えなくる。モノを上げようとすると「そんなモノはあるんだ。金をくれ」っとなるのです。商売用の汚い服や靴を身に着けている乞食に、ある人が同情して自分の靴を持ってきて上げようとしたら「靴ならある」と言われたという話は私が時々ここに書くのでまたかと思う人もいるでしょう。何度でも言いたくなる話なんです。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったものです。一時はキレイになったNY市ですが、またまた汚くなったというオハナシでございました。