急に、灯台守の歌

この週末2日ほど、朝、なぜか「喜びも悲しみも幾年月(1957年)」という映画の主題曲で ♪おいら岬の灯台守は...♪と始まる歌が浮かんできました。何でこんな昔の歌が頭に浮かんでくるんだろうと相棒につぶやいておきました。

すると相棒は勤務先からEメールで「英国にも灯台守の歌があるよ」とYouTubeのリンクを送ってくれました。それは、子供の頃に聞きなれた小学唱歌の1つでした。埴生の宿もそうだけど、これも英国の民謡であったか、と思いました。あの頃の日本の唱歌は、昔、英国からきた宣教師が選択したものだったとかいう話を聞いたことがありますので、その影響かも知れません。

灯台守の歌(ギター演奏のみ)

https://www.youtube.com/watch?v=53ovQTJgdXQ

No Date, No Signature 観ました

No Date, No Signature

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イラン作品。(最初に「要らん」と出てきたので笑った)

医者が車で事故を起こし、その後の展開に医者の良心が絡まってくる作品。

人間は自己保守のため瞬時に正しい行動に出ない事があります。そして後で考えると、どうしてそんな行動に出たのか自分でも分からなくなることがあります。それが人命にかかわることになったり、家族の運命を変えてしまうようなことになったりしたら、「後の祭り」であっても少しでも償いたいと人は思うのでしょうか。

もう1つイランの作品で、見た後に人間社会というものについて深く考えさせられる佳作を思い出します。Separationです。また、イラン作品ではありませんが、同じ中東のベイルート作品 Insult も人間というものを考えさせる佳作です。イスラム教徒が色々な角度から人間社会に切り込んで人々に問いを投げかけ、考えることを促す作品を残しているようです。【イスラム教徒と過激派似非イスラム教徒(テロリスト)の違いを感じさせますが、この問題は簡単明白ではないので、ここでは省きます。】

ハリウッドでこのような作品が出来ないはのは、ハリウッド界が腐っているからでしょう。ビルクリントン政権の頃から民主党とハリウッドの癒着が始まり、オバマ政権においてもホワイトハウスにプロデューサーやら俳優やらハリウッド界諸々の連中の出入りが激しかった事実があります。腐敗したクリントンに交われば、朱に交われば赤くなるで、ハリウッドでも何でも腐敗してしまうのは当たり前。

 

身体も頑固

今週初め、心臓医の定期検診に行きました。特に心臓に問題はありません。血液検査の結果が問題でした。血糖値とA1Cが高かったのです。1、2年前にそれらが高かったので少し注意していたらしばらくは下がっていたので、油断したようです。

ビーガン食(植物のみ)を守っていた時、お腹が空くと穀類を食べたので、反って肥満してしまいました。そのため心臓医から更に「穀類をさけるよう」に言われ、穀物を少なくするため、魚と乳製品と卵を含めたペシコベジタリアンに変更しました。ここ半年ほどでチーズを食べ過ぎた私はさらに肥満してきました。

私は甲状腺癌を患い、甲状腺切除のあとはホルモンを薬で補っています。ところがそのホルモンの血中濃度が数年間高いままです。心臓医は、長期間高くなっていると骨を崩壊するリスクも出てくるので薬の量を減らすよう勧めてくるのです。しかし私の甲状腺(内分泌)専門医は、甲状腺癌の再発を防ぐために高い状態のままでよいとしています。

私が甲状腺ホルモン(T4)値が高いのにも拘らず、例外的に肥満しているのも理由の1つらしい。普通、T4値が高いと痩せてくるそうです。私の肥満には心臓医も甲状腺専門医も首を傾(かし)げています。

私は、頑固に痩せない身体であるようです。

映画 Death of a Nation への妨害

Death of a Nation

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この作品は、米在住、保守派、インド生まれの Dinesh D'Souza 氏によるものです。

保守派の何であるかを明らかにして、日増しに酷くなるトランプ叩きの裏にある陰険で陰湿で執拗な動きの正体をあぶりだそうとしています。ちょっと陳腐で不要な部分もありますが、レフティストの作品が溢れる映画界において、希少で貴重な保守派の作品です。

 

 

レフティストの妨害

さて、私が話したいのは映画の感想よりも、この作品に対するレフティストの悪質で陰険な妨害です。マンハッタン内でのことしか分かりませんが、他の大都市でも同じような事が行われていることと推察します。

マンハッタン内の映画館は40-50ヵ所ほどありますが、この作品が上映されているのはたったの2か所のみ。明らかに上映拒否がみられます。

さらに、映画の情報サイトの IMDb では、この作品を上映しているマンハッタン内の映画館を表示せず、遠方のロングアイランドや隣州のニュージャージー州の映画館のみ表示してありました。多分、その他のサイトでもレフティストが表示の削除をしていると思われます。

私たちは何とかマンハッタン内で上映されている映画館を見つけました。そこでチケットをマシンで購入しようとしましたが、この作品がマシンのスクリーンに表示されないのです。どのマシンを試しても結果は同じでした。私が観るのを諦めかけると、相棒が奥のチケット売場の上にある上映作品リストをみて、この作品が上映されていることを再確認しました。それでマシンでなく販売係からチケットを買うことにしたのです。

販売係は心の中でどう思ってるか知りませんが、外見はシラッとした顔をしてチケットを渡してくれました。勿論、私たちもポーカーフェイスで「どうしてチケットマシンでこの作品が表示されないのか?!」などとは決して訊ねません。この映画館で働くレフティストがマシンに作為を施したに決まっているからです。

このように二段三段と陰険な妨害を仕掛けているレフティストです。それで私たちも少し警戒心が湧き、チケットは現金で買いました。クレジットカードで買えば、購入者の情報がレフティストに集められるかも知れないからです。皆さんは考え過ぎだと思うかも知れませんが、マンハッタンはレフティストに支配されていると言っても過言ではなく、極少数しかいない保守派は陰でレフティストに何をされるか分からないのです。

数年前、私のアパートの近くにあったBarnes & Nobleという本屋で、私がマークされたことがありました。ある時、店内で私が「ここはレフティストだから別の本屋で買おう」と相棒に言ったことがありました。驚くことに、それでマークされたらしく、それ以降、私がその店に行くと、若い店員がハタキで私の行く辺りをはたいて廻ったり、ある時は私が本を手に取ってから台に戻すと、怖い顔した店員がガッと唸って「そこじゃない」とばかり私を睨みつけて別の所に積み重ねてみたり、また別の日には私が本を物色していると、店員がやってきてその辺りの棚の本を並べ替え始めるのです。店内にある監視カメラで私が入店するたび確認していたのでしょうか。可笑しかったのは、私が本の物色をしているのを邪魔していた女性の店員の前で、私はいきなりクシャミをしてしまいました。わざとじゃないのですが、たまたまハァ~ックショイ!!と凄いクシャミがでて、その女性の方を向いていたので、バイキンだらけの飛沫を避けるように嫌な顔してその女性は離れていったのです。神様、あの時はありがと~。

Gauguin: Voyage to Tahiti 観ました

Gauguin: Voyage to Tahiti

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ゴーギャンについて、私は間違った考えを持っていました。「銀行家で裕福であったのに、その生活と家族を捨て、タヒチでのんびり絵をかいて暮らした画家」という印象があったのです。ところが、彼は銀行家ではなく株のブローカー、裕福だったのは数年、株暴落で職と収入をなくし、日雇い業を続けながら好きな絵を描いていたけれど、やがて妻に見捨てられ、貧困の中タヒチに渡りキャンバスを買う金もないような生活の中で絵を描いていたと知りました。

この作品では既に職をなくした頃の生活から始まり、ゴーギャンは同情すべき人物に描かれています。勿論、事実と創作を織り交ぜてありますので、どこまで同情すべきか分かりませんが、私には、監督が表現しようとした無言のシーンの心情がBGの雰囲気とともに心に伝わってきて、作品としてはよく出来ていると思いました。但しNYでの評価はあまりよくありません。

漢字を読むゲーム

最近、YouTubeで日本のゲームショーを見ていて、「腥い」という字があることを知りました。そしてそれを「なまぐさい」と読むと知りました。

「嘲う」は「からかう」と読み「あざわらう」とは読まないこと今さら知りました。「論う」は「あげつらう」。「論じる」というのは理路整然と正論を述べることだと勝手に思っていましたが、論争という意味は「あげつらい争う」ということになるのでしょうかね。

日本を離れて、エーッと、計算すると、47年になります。その間に本を読むことも少なくなって、それ以後、漢字を学ぶこともなく過ごしてきました。それでもゲームに出てきた漢検準一級の漢字を含めた36文字の内 32文字まで読めたので、私の昔の記憶はまだ残っているようです。今は脳神経が破壊されていて何も憶えられませんけど。

映画The CaptainのQ&A

下欄の映画 The Captain を見た後、監督が出てきてQ&Aをしました。作品の中には勿論創作部分が多々あると思っていました。ところが、まさか実際にあったとは思えないような場面が、実はしっかり書面に残されていたものだったと言うのです。その場面とは、キャプテンになりすまし数百人を殺害した兵士に対するドイツ軍部の審判内容です。あまりの非情さに、これは面白さを誘う創作であろうと私は思ったのですが、監督は「審判における発言は記録されており、あの場面はそれを基にしたものです」と言ったのです。あの頃のナチスは人間の心を失っていたとしか思えませんでした [発言内容はネタバレになるのでここには書きません]。

さて、観客の一人が質問のような振りをしてダラダラとパレスチナ住民やイスラム教徒を擁護する意見をキンキンした声で言い始めました。要は「ナチスの非情さ異常さを描きたかったとのことだが、パレスチナ人、イスラム教徒に対する攻撃の非情さを描きたいと思わないのか?」という内容です。

映画館はチェルシーとグリニッジビレッジの辺りにあり、この辺りはレフティストだらけであることは承知していたので、こんな意見が出ても仕方ないと思いました。ところが、そのキンキン文句を述べている人に対して、別の重みのある声で「あんたはテロリストの味方をするのか!」と反論する人がいたのです。ビックリ。ここにそんな意見をする人がいたとはチョット驚きでした。そして凄い論争が始まりそうになったのですが、頭の切れる監督がマァマァと宥(なだ)め「そういう個々の問題に対してではなく、一般論として基本的な人間の非情を描きたいと思ってます」と治めてくれました。