ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

放射性物質摂取検査 その3

なんだかねぇ...今日は早朝から午前中いっぱい、そして午後を少し過ぎる頃まで病院にいました。2日前に飲み込んだアイソトープの取り込み具合をスキャンするため、朝から病院に行ったんです。全身スキャンなので1mm刻みのノロノロスキャンではかなり時間がかかるとは思っていましたが、それでもせいぜい1、2時間ぐらいで終わると思っていたのです。

30分ぐらい待合室で待っているとテクニシャンが迎えにきました。放射性スキャンは40-50分で終わりましたが、X線テクニシャンが「担当医に報告してきますね」と言ってドアの向こうへ行きました。2,3分で戻って来るとおもっていたのですが、なんだか長いこと担当医と電話していました。寝台に横になったまま、手持ち無沙汰の私は指のマッサージなんかしていましたが、向こうの方でなんやらかやら話す声がなかなか終わらないので嫌な予感がしました。20分ぐらいしてやっとテクニシャンが出てきて、案の定「この後、別途CATスキャンを取りますので、また待合室で待って居て下さい」と言いました。

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暫くしてから今度は別の部屋で首の辺りに更なる放射性スキャンとCATスキャンを撮りました。首だけで40分以上、そのあと半身に30分ぐらいかかりました。寝そべっているだけなのに筋肉が緊張している自分に気が付きました。

[写真はスキャンの様子。借物です]

そのあと血液採取に病院の別棟へ行き、そこでまた40分ほど費やし、病院を出たのは昼を過ぎていました。

スキャンを撮るだけでこんなに疲れたのは初めてです。来週結果が分かります。

放射性物質摂取検査 その2

昨日と一昨日はお尻に注射され、今日は放射性ヨードのカプセルを飲まされました。

病院内なのに、さらに分厚いドアを暗証番号で開けて入った部屋はどちらかというと狭いのですが、そこに人が3人立っていました。医者と医者の卵とアシスタントのようです。狭い部屋に既に3人も立っているのは少し仰々しい感じでした。

まず医者に身分証明書を見せなさいと言われました。ここまで来て、まだ本人かどうか再確認するのも何か余程危険なものを扱っているためかと、患者をいたずらに不安に駆り立てるような気がします。しかし、それが規則なのでしょう。

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そして、例の大袈裟に厳重な金属の容器! これほど厳重に隔離してあるのに、その中のモノを飲み込めと言うのかい。ま、ワタシャ慣れているから今さら躊躇もなく、サッサとカプセルを飲み込みました。それにこのアイソトープの分量は検査のため少量となっていると相棒が言っていたので大した不安もありませんでした。この検査の結果、癌細胞が見つかれば、またあの恐ろしい量のアイソトープのカプセルを飲まされることになるらしいのですが、でき得ればそれは避けたいです。

順序は逆になりますが、待合室で待っている間、頭の毛がすっかりなくなってしまった4、5歳ぐらいの女の子が母親と一緒にいるのをみました。小麦色の肌でアジア系またはラテン系のとても美しい顔立ちをしていました。帽子が似合いそうな頭の形もホレボレするほど美しいのです。その子は笑いませんでした。私が笑いかけても全く表情は変わりません。かなり厳しい治療を経験してきたのでしょう。その子が先に呼ばれて待合室を出ていく時、相棒も私も目が赤くなっていました。

その後に、また同い年ぐらいの女の子が待合室に入ってきました。まだ治療前らしく、長い髪をしています。この子もとても美しい顔立ちです。あどけなく笑いながら母親と話す美少女の姿を眺めながら、もしこの長い髪が抜けるような治療を受けなければならなくなったら、などと思って切なくなりました。

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帰り道、アパート近くの歩道を歩いていて、いつの間にか街路樹が黄葉していることに気付きました。昨日まで黄葉していなかったと思うのですが、私が気付かなかっただけなのかな。

放射性物質摂取検査

この一週間は病院通いとなります。また放射性物質を摂取してスキャンを受けるためです。今日と明日はお尻にホルモン(サイロキシン)注射、明後日は放射線物質の摂取、明々後日は休んで、弥の明後日にスキャンです。

もうすっかり忘れていたのですが、ワタクシ4年前の8月にも同様の検査を受けてました。このブログに備忘録として書き込んだものを探して読んでみて朧げに思い出しました。PETスキャンとかいうものを受けたようです。

4年前の検査結果では、確か、スキャンで見つからないほど小さい癌細胞なので気にする必要がない、とかいう診断結果だったと思います。今回も同じような結果ではないかと思っています。

私は古い人間なので、放射性物質と聞くと突然変異で異形になる話を思い浮かべます。放射性物質を体内に入れるのは今回で3度目。そろそろ変異が起こるかも ...

僕でよかった

私が子供の頃、残念ながら周りに尊敬出来る大人はいませんでした。「何で私だけが」と自己の不運を恨んだり、「何であいつだけが」と他人の幸運を妬んだりする大人ばかりをみていました。げに恐ろしや!私の母が事毎に「何で私だけが」と言う人間そのものでした。だから私も世の中はそういう風に考えるものなのだと疑わずに育ちました。そのことで母を恨んだこともありましたが、それでは私自身が「何で私が」という人間になっているではないかと気付き、反省いたしました。

さて、数年前、私が「僕でよかった」という言葉を聞いてハッとさせられたのは、アラスカ州知事サラ ペイリンの話でした。

ペイリン夫妻は5人の子供がいて、最後の子供はダウン症を持って生まれました。サラさんは「何で私たちにダウン症の子供が生まれるんだ(Why us?)」と嘆いたそうです。すると夫のタッドさんは「僕たちだから授かったんだよ(Why not us?)」と言ったそうです。僕たちだからダウン症の子供を育てることが出来る、とタッドさんは言いたかったのでしょう。それを聞いた時、うわぁ、カッコイイ旦那様だなぁと心から思いました。こういう風に思え、またそれを実行できる人を私は尊敬して止みません。

 

次にそれを聞いたのは、相棒の従兄の葬儀の時でした。従兄は911テロ事件で現場にいて灰を被りました。その数年後に亡くなった従兄は (皮膚が溶けていく恐ろしい癌だったようですが) 不満や不安さなど全くみせず、親戚たちさえ彼の病気を最後まで知らずにいました。

従兄の友人が式に臨んでスピーチの中でこう言いました。

「私が『何で君がこんな酷い目にあわなきゃならないんだ』と言ったら、彼は『僕でいいんだよ。僕だから我慢できる』と言いました」と。

この従兄は、ウォール街のトップ層にありがちな威張った態度もなく、人に優しく、中間層が住む地味なアパートに住み続けるような人でした。自分がもっと謙虚にならなければいけないとつくづく感じたものでした。

 

そして今日、YouTubeを見ていて、また「僕でよかった」と言う言葉を聞いたのです。

まだ若い20代の男性でしたが癌にかかり、進行が早く、その苦痛は耐えられないものであろうに、家族の前では穏やかしていたそうです。ある時、苦しそうな若者に母親が「出来るものなら私が代わってやりたい」と言うと「なに言ってるの、かぁさん。かぁさんじゃ耐えられないよ。僕でよかったんだ。僕なら耐えられる」と言ったのだそうです。

苦境の中で何も恨まず、黙々と現実を甘んじて受け入れられる心を持つにはどうしたらいいのかと、考えてしまう私でした。

不思議な感覚

日常ふと考えたことなどを後でブログに書こう思ってPCに書き残しておき、そのまま忘れてしまうことが多々あります。そんな忘れたメモを見つけました。2 - 3か月ほど前に書き残したものです。読み返してみて、その時感じた不思議な気持はもう感じられなくなっている自分がありました。そのメモ書きはこうです。

 老い込んできた自分に頻繁に起きることがあります。ふと過去が思い出され、当時の自分の未熟な言動が浮かんできて、後悔の念やら羞恥心やらで胸や喉が詰まるような苦しい感覚に襲われるのです。

まだちょっと早いかも知れないけれど、死期に臨んで魂を浄化しようとしているのかしらん、と思ったりします。

さて、8月初め、床の中でやはり同じような状態になり寝付かれずにいた時のことです。ふと不思議な感覚に見舞われました。なぜ人は自分を通してしか(この世が)見えないのだろうと思ったのです。

ここまでの人生が自分で見て感じたことだけ、というのが急に不思議に思えてきたのです。自分を含めた大きな範囲を俯瞰できれば誤解も過失も少なく人生を送れるのに、なぜ自分一人の意識を通してしか見ることができないのだろう、と思ってしまったのです。

そう考えてるうちに、人の魂は死後、他の魂と融合するのではないかしらん、と感じたのです。魂(何らかのエネルギー?)は居場所を失うと源泉へ戻っていく。なぜか分かりませんが融合することで全てが分かるように思えたのです、その時は。

そして何かが僅かに分かりそうになったのですが、能力の限界で不思議な気持はそこで消えてしまいました。でも自分が少し神に近づいたような気になりました(笑)。もう一度、この不思議な感覚になれないかな。

 あの時、何か分かりそうになったことを思い出しました。なんというか、喉まで出かかって思い出せない言葉のように、もう少しで何かが分かりそうになったのです。もう一度こんな不思議な感覚になってみたいです。

日々老いる

ここ数週間、胃の調子が悪く、頻繁に偏頭痛が起こります。更に肩甲骨の辺りが張って苦しくて何をするのも億劫になります。

今まではヒートパッドで温めたりマッサージ機で揉んだりしていれば苦しい痛みは消えていたのですが、最近は毎朝のように張りが強くて苦しいので早朝からバスタブに浸かって身体を温めたりしています。エクセドリンを飲む回数も増えて、頭痛がすぐ消えることもありますが、時々はいつまでもジクジクと痛みが続き、吐気を感じるので太田胃散が手放せなくなっています。

愚痴を言うつもりは毛頭ありません。ただ自分の身体の状態を記しておいて覚書にするつもりでいるのです。身体が少しずつ老いてきているんだろうと思っています。人の細胞は7年ごとにすっかり入れ替わるとか何かで聞いたような気がします。あと2年数カ月で私の細胞も10回入れ替わることになる。1回ごとに細胞の質も落ちていくのでしょう。

老いて苦しい身体になっても、若い頃に戻りたいとは一度も思ったことはありません。一生は一生です。二生あってはならないと思うんですよねぇ。

Loving Vincent 観ました

Loving Vincent

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ゴッホの個性的な筆のタッチをそのまま表現、彼の色々な絵が各シーンに現れるので、ゴッホファンにとっては美味しい作品になっています。

最初に人間を使って撮った作品に後からその一コマ一コマを絵の具で塗ったように仕上げる、という試みをしていると思います。回想の場面では白黒になっているのですが、絵の具を塗る手間を省くための苦肉の策であろうと推察しました。

私はスクリーンの絵に目が行き「この塗り方は雑だ」とか「これは同じ人物を違う人が塗ってる」など絵の出来具合が頭をかすめ、セリフを無視したりしていました。

この作品ではゴッホの死ぬ前後の様子から、自殺でなく愚かな事故であっただろうと思わせるストーリーとなっていて興味をそそります。どちらにしろ、これだけの才を持ちながら何とも不運な生涯を送った画家ではある、と思わずにはいられません。

作品としては、画面が少し雑過ぎました。もう少し時間を費やして綺麗な作品に仕上げて欲しかったです。