ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

守り神

ハリケーン・サンディは、なぜか私たちの住む西アップタウンには影響を及ぼしませんでした。西アップタウンはマンハッタン島でも少し丘のようになっていますので水が押し寄せて来なかったのでしょう。遠くからマンハッタンを見た人が「西アップタウンが明かるく、ダウンタウンが暗くなっている様子が異様だ」とその印象を語ったそうです。

それほど大きく差が出たのは、一つには、ダウンタウンにある発電所の変圧器が燃え上がったため、ダウンタウン一帯が停電してしまったことがあげられます。イーストリバーの水が増え、沿線のハイウェイを川の延長のようにしてしまい、その水が近くの発電所に悪影響を及ぼしたのでしょう。

停電すると何もかも停止してしまいます。エレベーターも動かず、高層に住む老人などはビルから出られないことになります。停電するとポンプも動かないので水道も止まります。冷蔵庫のものが溶け出し、食品の貯蔵ができなくなります。破壊という目に見える被害はなくとも、心身ともにかなりのストレスとなります。

西アップタウンの人たちは他の地域の悲惨さに「後ろめたい気持になる」などと言う人までいました。私も「後ろめたい」とまでは行きませんが、何だか何かに守られていたような気がしてなりません。母が日本から電話してきたので、そう言うと「お父さんが守ってくれたんだよ」と言いました。

父と私は、遠い存在の親子でした。子供の頃の父を思い出しても、父が私を疎いと思う様子を見せたことはあっても可愛いと思う様子を見せたことは一度もありませんでした。私も父は居ても居なくてもいいと思っていました(笑)。父の葬式では泣きましたが、それは父親の死を嘆いたのではなく、一個の人間の死を嘆いたに過ぎません。

母がこんなことを言ったので私は少し驚いています。
父が生きている頃のこと、母が私に似た摘まみの人形を風呂場の外にかけておいたら、いつの間にかなくなっていたのだそうです。どこかに置き間違えたのかと思って、そのままにしていたそうです。父が亡くなってから、父の部屋を片付けていたら、その人形が出てきたそうです。父はそれを見て私を思い出していたのだろうと母は言います。

不思議なことに生きている時は遠い存在の父でしたが、亡くなってからは、よく蛾になって私の前に現れるように思えてなりません。父の着ていたウィンドブレーカーが旅には薄くて便利なので、いつも旅行に持っていくためでしょうか、旅先で蛾がずっと止っていて帰りの日に居なくなったりします。

その父がハリケーンから守ってくれたと言われれば、別に反論する気もしません。西アップタウンは私の嫌いなスノッビィな左派連中がたくさん住んでいるので、その連中までも守ってしまったことになり、またダウンタウンの被害者のことも鑑み、あまり手離しでは喜べません。