ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

アンベイリング(墓石の除幕式) ②相棒の叔父

アンベイリングの後、集まった人たちとコーヒーショップ(ダイナー)で軽い昼食をして、それからお別れしました。相棒が非社交的なので、これからはもうこの人たちと会うことは殆どないだろうなぁ、と思いました。義母が生きている頃は、やたらといろいろな祝い事(祭日や結婚式や誕生日など)があり皆が一堂に集まることが多かったのですが、今はもう親類と相棒の交流はほとんどなくなっています。

相棒の叔父は最後に残った母方の親戚です。よい職につき、成功し、引退した今、子供も孫も近くに住んでいるので、楽しく不自由なく暮らしているようです。叔父は稀なほど親切で優しい人です。4姉妹1弟という家族構成で、ただ1人男性であった叔父は、あまりお金のない姉たちに代わって、両親の世話にかかる資金を一切受け持つことをしました。姉たちはお金は出さない代わりに口出しを多くしていました(笑)。何があっても姉たちの面倒をよく見、特に直ぐ上の姉である義母とは仲がよく、最後の方で病院と老人ホームを行ったり来たりするようになった義母が「弟、弟」と騒ぐので、毎日のように見舞いに来てくれました。

いつも健康に気をつけている叔父は20年ほど前に体重を減らし、それからずっとスラリとした体型を保っています。しかしスラリと健康だった叔父は、昨日会った時はかなり老い痩せた感じがしました。叔父は84歳だったと思います。足元が昔のように元気ではありません。そしてコーヒーショップで食事をしている最中、急に誰かが入ってきて「ミスター○○はいますか?」と叔父の名前を呼ぶのです。叔父が顔を上げるとその人は「財布が落ちていました」と言って叔父に財布を渡していました。叔父はその場が飲み込めないような顔で財布ばかり眺めていました。

あとで相棒が「あんな叔父を見るのは初めてだ。財布なんかなくしたことなかったのに...」それから「叔父と話をしても以前はとても飲み込みが早く返事もはっきりしていたのに、きょうは質問をしてもしばらくは何のことか分からないような様子をみせて答えるのが遅いんだ」と叔父のことをとても心配していました。それを聞いて私も心配になりました。相棒も私もこの叔父をとても尊敬しています。人一倍優しい叔父が逝ってしまうのはたまらなく辛いです。出来れば私が先に逝きたいくらいです。叔父は長く生きればそれだけ他人の役に立つことをする人です。私は生きていても役に立っていないから、私の命のロウソクを折って叔父のそれに継ぎ足したいくらいです。叔父は今年初め、姉の死、自分の妻の癌の手術とヒザの手術など気苦労が絶えず、身体も参っているのだと思います。疲れているだけで休養すればよくなることを祈って止みません。養命酒でもプレゼントしようかしらん。