ザッと振り返ると

27年ほど前に相棒と出会い、それから17年ほど付き合ってから結婚しました。当時私はバツイチの56歳、相棒は初婚で51歳。
ふと「あ...今年の結婚記念日は十周年か...?」とボンヤリ考えたりしました。振り返ると二人ともいろいろな事に遭遇し助け合ってきました。結婚前には相棒の父親の心臓発作で何度も病院通いがあり、結婚前後は母親の認知症で病院通いが続き、それが済むと今度は自分たちが老い始めており医療関係だけでもザッと思い出してもかなりあります。
まず相棒の肺炎。肺の4分の3閉塞、その上重度のスリープアプニアが重なって相棒は酷い酸欠状態で血圧も非常に危険なレベルになっていました。着ているシャツが土砂降りの雨の中を歩いたのかと思うほど汗でびしょ濡れになっても相棒は事の重大さを認識せず、文字通り倒れるまで働いていました。やっと、あまりふらつくのでオカシイと思った相棒は医者に行き、そのあとすぐ呼吸器官専門医の診察を受けました。あとで「あんな状態で生きていたのが不思議だ」と医者に言われたらしいです。
私の甲状腺癌摘出手術が9年前。甲状腺の手術は最初に片方を摘出し、生検したら悪性だったため急遽翌週にもう片方の摘出手術をしました。その後、放射線療法が2年ほど続きましたが、相棒が医者との予約や質問など適切にフォローしてくれたので本当に助かりました。私一人ではとてもフォローしきれなかったです。
そのあと、相棒の腰関節置換手術。右と左を片方ずつ8カ月ほどの間を開けて2回手術を受けました。それが8年前。
その前後に私の鬱病や片頭痛の悪化が続き、相棒はいろいろな医者を探してきては、私の診察に付き添ってきてくれました。5,6人の一般医や専門医にかかりましたが、どの医者も手探りのような治療経過で、推察でくれる処方箋薬はどれも効果ありませんでした。時に妙な処方箋薬を服用して反って悪影響が出てしまい、もう医者は諦めています。
そして相棒の心臓手術。足の付根の血管から管を通してステントを心臓の血管へ移入するという大変技術を要する困難な手術です。相棒の場合、手術を終えた医師が、5時間ほど待っていた私に手術の結果を知らせてくれた時に医者自身がハァーッと安堵の溜息を深くついたほど、更に複雑で困難な手術であったようです。相棒の場合いつも非常に危険な状態で生きていたと後で知るので、もし万一のことが起こっていたらと思うと一瞬ゾッとしたり、ラッキーだったとホッとしたり単純に表せない気持になります。
続いて、今回の私の腰関節置換手術。もうこの後は何もないことを願うばかりです。しかし、二人とも老いには勝てないので、また何かあるかも知れません。その時も二人で助け合っていけたらいいと思っています。人生の難関を通り抜けるのにはお互いに助け合える相手が必要です。私はとてもラッキーです。