ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

魂と身体

最近、家の中のデジタル時計を見るとゾロ目数字を見ることがとても多くなりました。特に1のゾロ目の11:11とか1:11、2のゾロ目もよく見ます。今日は12:12を見ました。数字に関することに関心がなかったのですが、YouTubeでゾロ目には意味があるという話を見つけて「へぇ、そんな考えもあるんかい」と思ったものです。ゾロ目はエンジェル(つまりスピリットのことかな)が話しかけているのだそうです。

私の見るゾロ目は「そのままで大丈夫」「その調子その調子」と言ってもらっているらしいです(笑)。仕事をやめてから20年近く怠惰な生活がずっと続いている私は肥満が嵩じて不健康になっているのですが、それを「その調子その調子」などと言われてもピンとこないんですけどね。

先週のCTスキャンの結果が分かりました。ほんの少し大きくなったノズルもあれば小さくなったノズルも1つあり、現状に問題ないということです。胆石も律儀に残存していて、他に食道裂孔ヘルニアの状態が見つかったようです。今までの食事の仕方を思えばこの歳になって裂孔にならない方が不思議だと思います。咳がよく出るようになったのもこのせいでしょう。

自分の身体に不平不満ばかり言っていた私ですが、この歳まで何とか作動してくれている身体に感謝する気持がふと起こりました。この身体は自分のものではなく魂の入れ物として借りているんだという気持になったのです。少し乱暴に扱い過ぎたので感謝して休ませてあげる時期なのでしょう。自分の魂と身体は別物であると思ったのは初めてのことです。

私はクリスチャンでもジューイッシュでもありませんが、亡くなった神父さんに導かれることが2度ありました。以前に話したことですが、数十年前にマサチューセッツ州の田舎を訪れた時、ブラウン神父(聖書を日本語に訳した人)に呼ばれ、去年ドイツのルーベックを訪れた時、ナチスに逆らって殉死した神父さんに導かれたことがあるのです。その時は不思議とも思わず、ごく自然に受け入れたものでした。

キリスト教であろうがイスラム教であろうが何であろうが人間が決めたことで、魂は普遍であり宗教には関係ないと感じる経験をさせてもらいました。この世で、宗教で争う人々のバカバカしさを思います。あと何年生きる私なのか分かりませんが、その間に亡くなった人の魂と接する機会がさらに増えるといいなと思っています。