ユタ州南部の日常

ユタ州南部での隠居生活

お婆のつれづれ

年が明けて、お茶を飲んでたらもう10日過ぎていた、という感じ。一年が早い。老いにも加速がついてきたようです。

最近、誤嚥が多くなりました。普通に飲み込んでいるつもりが何故が気管に入って咳き込むことが3度に1度ぐらいあります。また、持ったモノをよく落します。3回か4回に1回は落とします。脳と部位に繋がる神経が衰えて伝達が上手くいかないということでしょう。聞くところによると70歳代の人に誤嚥が増え、老人の死亡原因も誤嚥性肺炎が多いらしく、納得です。

この歳になってソールメイトに逢うということが人生の最終目的のような気がしてきました。そして私はその目的に到達した感があり、人生がいつ終わってもよいという気になっています。決して人に誇れるような生き方はしてきませんでしたが、それでもソールメイトに逢えたということは、そういう生き方も「あり」ということなのかも知れません。立派に生きても、いい加減に生きても、その人生の価値を決めるのは人ではないということでしょう。

昔、母を恨んだ自分がいました。私がカッコ悪く生まれたのは母のせい、性格が悪いのも母のせい、肥満したのも母のせい(笑)などと、こんな私をこの世に産んだ母を恨んだりしました。しかし、母は母なりに生きているのです。そして面白いことに、私をカッコ悪く産んだのも性格が良くないことも自分(母)のせいだなんて思わない人なのです。そしてそれが正しかったと私は今になって気が付きました。母が母のような人間になったのも運命ですし、私が私のような人間になったのも運命です。「運命を人のせいにされたら、たまったもんじゃない」と母は思うのでしょう。

母と長く離れて、母を第三者のようにみるようになった私。母は私のことを娘だと思っているようですが、私は母を母親とみるより、私を産んで成人まで育てた人、と見るようになりました。母が私の人生に責任がないように、私も母に対して育ててくれたという恩をあまり感じません。冷たいと思う人もいると思いますが、子供を持ったことのない人間はどうしても親の苦労や心情が身に沁みて分かることは出来ないのです。そして今はそのことにも罪の意識は感じないようになっています。長い間ずっと罪の意識や責任というものに悩んできて、今はふとそういう考えから解き放たれたような気持になっています。